② 町家マップの作成
大湊、中島の2地区において調査した町家を地図にプロットした。調査数は、大湊地区36
軒、中島地区15軒の合計51軒となった。(図2、図3)
③ 調査データと既存調査資料のとりまとめ
伊勢町家の現況を包括的に把握できる資料とするため、既存調査資料も統合した。平成
22年度に行われた(社)三重県建築士会「地域伝統文化活性事業」(二見地区、田丸地
区、小俣地区、明和地区)の29軒の調査カルテを統合し、各地区のマップを作成するとと
もに、今回の調査地区と既存調査地区を表す伊勢町家分布図を作成した(図4、図5)ま
た、平成22年度に実施した町家調査資料(図6、図7:伊勢志摩さいこう会)も本資料に統
合した。
④ まち並みの考察
調査カルテ、分布マップとから、各地区の歴史的背景と町家の特徴をまとめた。
・大湊のまち並み
大湊は造船業が栄えた所としても知られており、船釘鍛冶も多数あった。町家としては基
本的に切妻妻入り、刻み囲い、張り出し南張囲い、連子格子、出格子、軒庇、大庇、軒雁
木がある。屋根の形状は切妻、寄棟、入母屋が入り混じっている。
また道路が狭く、雨が吹きつけてこないためか、軒雁木が付いてない家も多い。格子も建
設当時は付けていたようだが現在は無い家が多い。商業を営んでいる民家は少ないが商
家建物の形式を伝承した古い伝統的な家屋は多く残っている。
・中島町のまち並み
参宮街道は正保四年(1647)に二本の街道が町内を通ることとなり、御師の館や旅籠茶
屋が軒を連ね多くの参詣者で賑わった。町家としては基本的には典型的な切妻妻入り、
刻み囲い、張り出し南張囲い、連子格子、出格子、軒庇、大庇、軒雁木付きである。屋根
の形状は切妻、寄棟、入母屋と入り混じっていて、自由な雰囲気を感じる。間口の狭い家
は大庇がなく、正面のデザインとしては切妻妻入り。間口の広い家は大庇もあり、豪商で
あった雰囲気をかもしだしている。
・河崎のまち並み
河崎は江戸時代、日本各地から集まる物資を売りさばく問屋が軒をつらね山田最大の商
業地区を形成していた。まち並みは切妻妻入りの家屋や蔵が建ち並びあたかもノコギリの
刃のような景観を呈している。家紋や屋号の入った大きな鬼瓦を頂く屋根は本瓦葺きが多
く反りやむくりが強烈に自己主張をしている。外壁に塗られた黒(濡れガラス)と蔵の軒先
に使われている漆喰の白とのコントラストが切妻の美しさを際立させている。刻み囲い、張
り出し南張囲い、軒雁木を付け、建物を風雨から守る。開口部には出格子、連子格子をつ
けている。
・二見町茶屋地区旅館街
夫婦岩表参道沿いで営業している旅館は、全盛期の半分以下であるが、大規模な観光開
発を逃れたことで、古いまち並みの良さが残っている。旅館街のまち並みは海側に旅館、
山側に土産物店が建ち並んでおり、木造三階建ての旅館が多数残っている。屋根の鬼が
わらの立派さ、反り、むくりの屋根、隅蓋、袖瓦、格子、手摺の模様、塀の模様等、細部に
わたって工夫が凝らされている。
・玉城町のまち並み(田丸)
近世、中期以降玉城一帯は城下町と言うよりはむしろ宿場町として隆盛をきわめた。
町家としては、切妻妻入り、刻み囲い、張り出し南張囲い、軒庇、出格子、連子格子等
の基本形を意識しつつ独自の形態を造りだしている。道路に面した敷地の広さ、平入
りの家の多さ、しかも母屋と蔵が道路に面して横並びし、また蔵が二棟あるなど豪華さ
と豪商たるを競い合っている。また中二階の家も多く、漆喰塗のところに虫籠窓の遊び
も見られる。格子の素晴らしさ等も含め当時の豊かさがうかがい知れる。
・小俣町のまち並み
小俣は諸国より多数の参宮客が往来する街道筋であり、これらの人達を相手とする商
業が発達した。町家としては、町家の形態を守りながら切妻妻入り、平入り、入母屋と
比較的自由である。特に平入りの家は蔵を道路沿いに並べて建て、いかにも豪商であ
ることを強調している。また格子が美しく施工者の技量の高さがうかがわれる。蔵の黒
と軒下の漆喰の白さが良く調和し素晴らしい景観を創りランドマーク的な存在になって
いる。妻入りの家においても敷地が広く蔵も存在し⑤ 町家マップの作成を通じて各地
区の町家を調査し、資料を統合してみるとその形態には共通の要素がかなり多く見ら
れること、そして各地区固有の要素があることもわかった。
今回は、外観調査を主としたため、建設された年代を特定できた軒数は少数にとどまっ
た。建設年代を特定し、形態の傾向、経年変化や増改築履歴などを調査すれば、より有
効な町家の資料となると思われる。今後の課題としたい。また、今回の町家調査において
は専門家以外の一般の方も調査員として参加いただいた。町家を専門家と一緒に見るこ
とによって、身近に町家を感じてもらう事を狙った。これは一定の成果を得たようである。
(付帯資料の感想文参照)
2)伊勢町家に学ぶ(特徴、背景、学ぶ点、改善点)
① 風土と歴史によってつくられた伊勢の町家と独自の景観
切妻妻入りに代表される伊勢町家の特徴は、刻み囲いの外壁、張り出し南張り囲い、軒
雁木など建物全体が木で覆われ、周到な雨仕舞いが施された全国でも類を見ない独特な
形態であると考えられる。そして、簡単に取り外しができる外壁の工夫は修繕を容易にし
て長寿命に寄与し、火災時には延焼を抑える効果もあったと聞く。
伊勢は紀伊山地を背景に持つ良質な木材の集積地であり、町人の文化経済レベルも高
く、職人に十分腕前を発揮させられる土地柄で、さらに台風の通り道で下から雨が降ると
言われる気候風土が、このような特徴ある町家を生み出したのだと考えられる。
このような、歴史や気候風土に根ざした伊勢の地域性のある町家を「伊勢町家」と呼ぶこ
とにする。
② 経済成長とさまざまな問題
一方、現在の私たちの住まいや暮らし方はこの半世紀で一変した。高い経済成長と技術
の進歩がもたらした経済的で工業化された住まい、まちづくりは、風土に根ざした地域性
のある住まいや景観を急速に失わせつつある。
一方で、建築基準法などの施行により、木造建築は防火の規制がかかるようになり、モル
タル塗りの外壁や非木造の建築に改築されたり建て替えられてきた。また、住宅の工業
化、洋風建築へのあこがれなどから、様々なスタイルの建築が建てられるようになり、「伊
勢町家」の独自の景観は急速に失われてきた。
さらに、産業廃棄物の処理、地域産業の空洞化、職人技術の喪失、エネルギー問題、森
林の荒廃、地球温暖化など、深刻な問題が顕著に現れてきた。
最近になって大量生産、大量消費の経済活動のあり方など、様々な分野で急速に見なお
しがされてきている。
③「伊勢町家」に学ぶこれからの住まい・まちづくり
今回私たちが調査した「伊勢町家」のほとんどは、さまざまな要因から存亡の危機にある
と思われる。これらは今後、一棟でも多く保存活用されることが望まれるが、経済的な理
由など、現実的には困難であると言わざるをえない。一方、伊勢のまちづくりでは、おはら
い町、二見地区の景観重点地区においてはすでに良好な景観が造られつつあるが、伊勢
市駅前など、伊勢の観光や生活者にとって重要な地区では、伊勢らしさを感じられるとは
言いがたいのが現状である。
こうした背景のもと、現存する「伊勢町家」を見直し、学ぶことで優れた遺産を継承し、さら
に耐震化や快適性、経済性、防火性などの現代の要請を加えた「21世紀型伊勢町家」の
設計を可能にするモデルを創案する。
④ 伊勢町家」の詳細と現代工法との比較
伊勢町家のマップづくりを通して、プロジェクトチームのメンバーで話し合い、「伊勢町家」
の特徴を詳細に検討した結果、外観的要素として、「屋根瓦」「大きな破風」「張り出し南張
囲い」「刻み囲い」「玄関軒、雁木」「大庇」「出格子」「生成りと塗装」の8項目を、その他の
要素として「開放的プラン」「温熱環境」「防災」「地産地消」の4項目を抽出し、それぞれに
ついて現代工法との比較を行った。
3)伊勢町家に学ぶ「4つの基本スタンス」と特記仕様書
① 伊勢町家に学ぶ「4つの基本スタンス」
「伊勢町家」を見直し、学んだ新しい伊勢町家を「21世紀型伊勢町家」と名づけ、検証して
きたことを以下の「4つの基本スタンス」にまとめた。伊勢町家のかたちは、伊勢の気候風
土や歴史によって培われてできたかたちと言える。新しい伊勢の景観づくりに寄与する
「伊勢町家のかたち」をつくっていくことを基本スタンスとする。
伝統民家に学び、可能な限り環境に負荷を与えない快適な住まい、また地域材や職人技
術をみなおし、地産地消のいえづくりを目指し「環境との共生」を基本スタンスとする。規則
的な架構による構造計画の大切さと風土に培われた耐風雨性を伊勢町家に学び、さらに
現代のまちづくりに必要不可欠な防災性能を加えた「安全のいえづくり」を基本スタンスと
する。変化に対応できる開放的な間取り、維持管理がしやすいディテールなど、伊勢町家
に学ぶ「長寿命でサスティナブル」な仕組みを持ったいえづくりを基本スタンスとする。
②「21世紀型伊勢町家」特記仕様書
4つの基本スタンスをベースにした「21世紀型伊勢町家」の特記仕様書を提案した。
4)4つの基本スタンス、特記仕様書に沿った具体的な建築の提案
「4つの基本スタンス」、特記仕様書に沿った5つの具体的な建築の提案を試みるととも
に、町家に暮らしている方への取材も行った。
提案1:21世紀型伊勢町家のプロトタイプⅠ(東側接道)
切妻妻入りの典型的な「伊勢町家」のスタイルの外観、内部は現代的なプランで新省エネ
基準を満たす温熱環境とパッシブソーラーを試みた提案。
提案2:21世紀型伊勢町家のプロトタイプⅡ(小住宅/西側接道)
切妻妻入りの典型的な「伊勢町家」のスタイルの外観、内部は駐車場付き1階寝室、2階
リビングの極めて開放的なワンルーム型小住宅の提案。
更に提案1、2について、具体的に省エネ性能と防火性能を担保する標準詳細を併せて
提案。
提案3:角地に建つ木造2階建て店舗併用住宅
準防火地域に建つ切妻妻入りの典型的な「伊勢町家」のスタイルの外観をもち、地域材を
使った伝統的構法、土壁を採用、内部は伊勢町家に学んだ開放的でしかも現代的なプラ
ンを具体的な詳細仕様と共に提案。
提案4:伊勢市駅前の準防火地域に建つ木造3階店舗併用共同住宅
「4つの基本スタンス」に沿った木造準耐火構造の建築の提案。内外ともここまで木を現し
で使用できるというケーススタディー。具体的な詳細図と法的根拠をあわせて提案。
提案5:伊勢市駅前の既存ビルの「伊勢町家のかたち」による修景伊勢市駅前のすで
に既存のビルが建ち並ぶ地域で、「刻み囲い」や「出格子」を使った「伊勢町家のか
たち」による修景を試みた。「木のまち伊勢」という切り口をまちづくりの取っ掛かりに
しようという提案。